続く歯科医療
――非常時に見えた、医院の本当の力
昨日、知人の先生のご母堂様の通夜式に参列しました。
その席で拝聴したご住職の法話は、私の中にあった「当たり前」を根底から揺さぶるものでした。
ご住職は、インドでハンターによって発見されたと伝えられる「オオカミ少年」の逸話を紹介されました。
幼い頃から人間社会を離れて育ったその子は、四つ足で歩き、生肉を好み、人の言葉を話すことなく、狼のような唸り声で意思を伝えていたそうです。
発見後は孤児院に引き取られ、長く人間社会の中で暮らしました。しかし、最後まで人の言葉を話すことはできず、若くして生涯を閉じたといいます。
その話を聴いたとき、私は胸を強く突かれました。
人間として生まれたからといって、それだけで人として、人らしく生きられるわけではない。
母親に抱かれ、言葉をかけられ、食べることを教えられる。
家族や周囲の人たちと喜びや悲しみを分かち合い、誰かに守られ、時には誰かを守る。
そうした人と人との関わりがあって初めて、私たちは「人」として育っていくのだと気づかされたのです。
そして、人に愛され、人を愛し、多くの人に見守られながら、穏やかに人生の最期を迎えられること。
それは決して当たり前ではなく、幾重ものご縁に支えられた、奇跡的で尊いことなのだと、ご住職は諭されたのだと思います。
私はこれまで、どこかで「自分の力でここまで生きてきた」と思っていたのかもしれません。
思いどおりにならないときには境遇や環境を嘆き、自分に与えられていないものへ目を向けることもありました。
しかし、自分がどれほど多くの愛情を受け、環境を整えてもらい、周囲の人に支えられて今日まで生きてきたのか。
その事実を忘れ、自分一人の力で生きてきたように考えることは、あまりにも傲慢で、罰当たりなことではないか。
法話を聴きながら、身につまされる思いがしました。
同時に、私は今の医院のこと、そしてスタッフの皆さんのことを考えていました。
現在、当院はコンピューターシステムの不具合により、決して平常時とはいえない状況にあります。
普段、私たちはコンピューターを自在に操っているつもりでいます。
しかし、それが使えなくなった途端、診療も会計も予約管理も大きく影響を受けます。道具を使っているつもりが、いつの間にか、その道具の有無に私たちの仕事が振り回されている。その現実にも気づかされました。
そのような非常事態の中でも、スタッフの皆さんは取り乱すことなく、それぞれの持ち場を守り、声を掛け合い、患者様の診療を止めないよう、冷静に動いてくれています。
その姿を見て、医院もまた、院長一人の力で成り立っているのではないと、あらためて強く感じました。
誰かが困れば、誰かが補う。
目の前の仕事を、次の人へ確実につなぐ。
見えないところでも、それぞれが自分にできることを考え、医院を支える。
その一つひとつの行動によって、患者様の安心と医院の日常が守られています。
コンピューターが止まった非常時だからこそ、かえってはっきりと見えたものがあります。
医院を本当に動かしているのは、機械やシステムだけではありません。
そこにいる「人」であり、人と人とのつながりです。
人は、人によって人になる。
そして医院もまた、人と人とが支え合うことによって、初めて医院として成り立つ。
スタッフの皆さんがいてくれること。
非常時にも、個人ではなく組織として冷静に動いてくれていること。
それを決して当たり前と思ってはいけないと、今回の法話と出来事を通じて、あらためて気づかされました。
皆さんがいてくれること。
そのことに、今、心から感謝しています。
本当にありがとうございます。
桝尾歯科クリニック
院長 桝尾隆一